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縁、その内と外ではなく、それ自体
 カルロ・ロヴェッリは、『時間は存在しない』(2017年|富永星|NHK出版|2019年)と言う。量子力学の発見に、「不確かさ」がある。「たとえば、ある電子が明日どこに表れるかを正確に予測することはできない」。「物理学者の業界用語では、これを位置の「重ね合わせ」状態にあるという」。「時空も、電子のような物理的対象である。そしてやはり揺らぐ。さらに、「重ね合わさった」状態にもなり得る」。「このため現在と過去と未来の区別までが、揺れ動いて不確かになる」(89-90頁)。
 「「現実」とは何か。何が「存在」しているのか。「この問いは間違っている」というのがその答えだ。この問いはすべてを意味し、何ものをも意味しない。なぜなら「現実」という言葉は曖昧で、意味がたくさんあるからだ」(110頁)。過去、現在、未来という区別は「自分たちのすぐそばの「ここ」においてのみ有効なのだ」(111頁)。「この世界には変化があり、出来事同士の関係には時間的な構造があって、それらの出来事は断じて幻ではない。出来事は全体的な秩序のもとで起こるのではなく、この世界の片隅で複雑な形で起きる」(113頁)。
 アインシュタインの相対性理論(1905年)、ワトソン、クリックのDNAの発見(1953年)により、これまでの物理学どころかあらゆる学問が刷新され、IT、AI、STEMという理系学問が優位となった。しかし我々は、発生前と消滅後、即ち有滅と死滅の本質については、何も知ることが出来ていない。人類は46億年の区別する地質時代において1万1700年前の「完新世」から現在まで続いていると解釈していたが、1950年代から「人新世」にしようとしている(朝日新聞朝刊2021年6月1日)。何という驕り、だろうか。
 絵画と彫刻、平面と立体、抽象と具象、造形と観念、形而上と形而下といった定義もまた、時空と同様、存在しないのではないだろうか。浜田浄と湯村光は今回、初めての二人展であるが、この意味において非常に似通っていると私には感じる。浜田、湯村の作品は絵画でも彫刻でもあり、平面でも立体でもあり、抽象でも具象でもある。湯村のほうが若干、形而上ではなく実体が垣間見られるが、浜田の作品はより実体を失っていくからこそ、実体の本質を顕わにする。すると湯村の実体は形を失い、形而上になっていくのである。
 近年の浜田の平面が、実は掘ったり描いたりして生まれる凹凸が、実は影を生み出す立体であると、以前、私は指摘した。新作であるオレンジの地に黒い線で図が描かれている作品は、これまで画面を彫る、立体を繋げるといった作品の延長にあるので、凹凸が実体として発生されていなくとも、形而上の概念としては、同質の作品であると私は解釈している。同時に浜田の作品は幾層にも成っており、ここには平面を見るようにするのではなく、立体を見る視線を注ぐ必要が不可欠となっている。
 湯村の作品を先日、霞ヶ浦のアトリエで、私は生まれて初めて接した。巨大な黒御影石を矢で割り、ずらして展示する。それだけであるのに、私は湯村の作品にもの派やミニマルといった、美術史の流れを一切感じなかった。湯村は石を割ることによって、黒御影石の密度と重力との関係を石と共に産み出している。今見る御影石は中生代に生成したものが多いようだが、カンブリア紀まで遡ることが出来る(web wikipedia)。果てしない年月をかけて生成された黒御影石が被った重力が、湯村によって開示される。これ以上の芸術があるか。
 私は湯村の作品カタログを見て、実見した浜田の作品を思い起こし、本稿のキーワードは「対」、「列なり」若しくは「関係」「出来事」にしようかと考えていた。湯村の作品を実見して「縁」にした。山口長男の晩年の作品が一面に黒い線が描かれているのではなく、その線の縁に文明批判が隠されていると私は考察した(「山口長男《軌》のマチエールについて」「横浜美術館研究紀要」第9号、2008年)。これがヒントになっている。浜田の線の縁、湯村の亀裂の縁、その内と外ではなく、それ自体とそれ以外の「出来事」に、注目したい。
宮田徹也(日本近代美術思想史研究)
浜田 浄
湯村 光
1937
高知県生まれ
1961
多摩美術大学美術学部絵画科卒業
1975
ジャパン・アート・フェスティバル(上野の森美術館・メルボルン'76(ロサンゼルス))
1977
マイアミ国際版画ビエンナーレ・買い上げ賞受賞(フロリダ)
第2回現代版画コンクール展・佳作賞受賞(大阪府民ギャラリー)
1978
クラコフ国際版画ビエンナーレ・クラコフ美術館賞受賞(ポーランド)
1979
リュブリアナ国際版画ビエンナーレ(ユーゴスラビア)
21人の日本現代版画展(クリーブランド美術館)
第14回現代日本美術展・ブリヂストン美術館賞受賞(東京都美術館・京都市美術館)
1980
日本の版画(栃木県立美術館 '85)
1981
ジャパン・アート・フェスティバル '81・上野の森美術館賞受賞(上野の森美術館・ロンドン)
第1回西武美術館版画大賞展・優秀賞受賞(西武美術館)
大阪府民ギャラリー受賞作家展(大阪府民ギャラリー)
第15回現代日本美術展・東京国立近代美術館賞受賞(東京都美術館・京都市美術館)
1982
開館30周年記念展 “現代日本の美術−1945 年以後”(東京国立近代美術館)
1986
現代の “白と黒”(埼玉県立近代美術館)
1988
グレンヘン国際版画トリエンナーレ日本現代美術版画特別展(スイス)
1991
線の表現 “目と手のゆくえ”(埼玉県立近代美術館)
1993
リアルな美術・幻影の美術(東京都美術館)
1994
現代美術センター20年の軌跡 コンクール受賞作品展(大阪府民現代美術センター)
1996
版画の1970年代(松涛美術館)
2002
『浜田浄作品集 1973-2001』作品集刊行委員会+現代美術資料センター刊行
2003
高知の美術 150年の100人展(高知県立美術館)
   あるサラリーマンのコレクションの軌跡−戦後日本美術の場所(周南市美術博物館・三鷹市美術ギャラリー・福井県立美術館)
2006
ブラック&ホワイト −黒の中の黒−(東京オペラシティアートギャラリー)線への移行と展開 (80年代)(DOKA Contemporary Arts)
2008
浜田浄・井崎聖子展「光と時間の調和 線から点に・・そして流れる・・」(DOKA Contemporary Arts)
2012
コレクション展 高知の戦後美術と前衛土佐派展(高知県立美術館)
2014
『浜田浄作品集U』ギャラリー枝香庵出版企画部刊行
2015
浜田浄の軌跡 −重ねる、削る 絵画−(練馬区立美術館)
2020
記憶の地層 −光と影−(√K Contemporary)
1948
鳥取県に生まれる。
1971
東京藝術大学彫刻科卒業
渡仏、国立パリ美術学校に留学(〜72年・セザール教室)
1976
第12回現代日本美術展(東京都美術館・京都市美術館 ‘77)
1983
第10回現代日本彫刻展・神戸須磨離宮公園賞受賞(宇部市)
1984
第15回日本国際美術展(東京都美術館・京都市美術館 ’86年)
1985
第4回ヘンリー・ムア大賞展・優秀賞受賞(美ヶ原高原美術館)
第11回現代日本彫刻展
1986
第5回安田火災美術財団奨励賞展・優秀賞受賞
第10回アジア競技大会記念彫刻大展(ソウル)
第10回神戸須磨離宮公園現代彫刻展・土方定一記念賞受賞
1987
ヘンリー・ムア大賞展・優秀賞受賞
第12回現代日本彫刻展・神奈川県立近代美術館賞受賞
第15回長野市野外彫刻賞受賞
1988
第11回神戸須磨離宮公園現代彫刻展・京都国立近代美術館賞受賞
1989
イマジン89展(ロサンゼルス)
第13回現代日本彫刻展・宇部興産株式会社賞受賞
1990
第12回神戸須磨離宮公園現代彫刻展
個展(現代彫刻センター)
1991
第10回安田火災美術財団奨励賞展・銀賞
第14回現代日本彫刻展・東京国立近代美術館賞受賞・埼玉県立近代美術館賞受賞
1993
第24回中原悌二郎賞優秀賞受賞
2000
第5回倉吉緑の彫刻賞受賞・緑の彫刻賞受賞記念展(倉吉市博物館)
2002
オランダと日本の画家彫刻家交換展(フロマンス画廊・アムステルダム)
2003
ライ・アートフェア・アムステルダム(’04・’05)
2004
個展(フロマンス画廊・アムステルダム)
中日現代芸術展(上海多倫現代美術館)
2007
ギャラリー・ムーラン・ドゥ・ロー展(フランス)
コンバージェンス国際美術展(ラリカラ アカデミー・インド)
2009
岡田忠明・湯村光展(DOKA Contemporary Arts)
2010
菊地武彦・湯村光展(DOKA Contemporary Arts)
2011
現代彫刻の諸相(埼玉県立近代美術館)
2012
個展−コラージュ−(DOKA Contemporary Arts)
2014
ベストセレクション2014(東京都美術館)
2016
絶対立体(鳥取県立博物館)
2018
抽象芸術へのいざない(那珂川町馬頭広重美術館)
2019
スカルプチャー・バイ・ザ・シー(パース・オーストラリア)
絵画と彫刻の調和 浜田 浄・湯村 光 展
浜田 浄・湯村 光
2021年11月1日(月)〜11月13日(土)
13:00 - 18:00 (日祝休み)
DOKA Contemporary Arts
〒107-0062 東京都港区南青山7-1-12
TEL : 03-3407-3477
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